2026年・6月号2026-06-23T06:53:47+09:00

宣教クォータリー

2026年 6月号

 

異なる教会、しかし一つの宣教大命令

すずらん聖書バプテスト教会牧師 トニー・エバンズ

「ですから、あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい。 父、子、聖霊の名において彼らにバプテスマを授け、 わたしがあなたがたに命じておいた、すべてのことを守るように教えなさい。 見よ。わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたとともにいます。」マタイの福音書28章19〜20節

現在の私たちの交わりにおける宣教を考える時、そこには課題と同時に機会もあることを覚えます。長年忠実に仕えてこられた多くの宣教師方が高齢となり、退役の時期を迎えています。その一方で、神は新しい世代の働き人を起こしておられます。特に日本には、真実な心を持った若い宣教師たちが次々に来ています。福音は不変であっても、今日の宣教の必要は以前と全く同じではありません。私たちは電子化された時代に生きており、情報、コミュニケーション手段、人々の移動などは大きく変化してきたでしょう。このような時代に、教会は祈りつつ問う必要があります。

「神は私たちの教会を通して何をしようとしておられるのか。」
「神はどのような機会や重荷を与えておられるのか。」

新約聖書を見ると、神は異なる教会を様々な形で用いておられます。宣教大命令は一時的な活動ではなく、すべての時代における神の御心そのものです。そして各教会は、それぞれ与えられた機会や資源に応じて、その召しに応答する存在でしょう。ここで、新約聖書に出てくる四つの教会と、それぞれにある独自の宣教の在り方を簡単に見てみたいと思います。

1 エペソ・福音宣教の拠点となった教会

使徒19章において、エペソの教会は福音宣教の戦略的中心地となっていました。パウロは最初に短期間エペソを訪れ、その後再び戻り、「広い伝道の門」が開かれていたため、長期間そこに留まりました(1コリント16:9)。使徒19:10には、「アジヤに住む者はみな…主のことばを聞いた」とあります。もちろん、パウロ一人で地域全体を直接伝道したとは考えにくいでしょう。むしろ彼は(アクラとプリスカを含む)弟子たちを訓練し、信徒たちを強め、働き人を育て、その人々が周囲の町々へと福音を携えて広がっていったのです。その影響は非常に大きく、偶像を作っていた銀細工人たちが、自分たちの商売への打撃を恐れるほどでした(使徒19:24-27)。エペソは、ある教会が「拠点」として用いられることを見せています。神はある教会を戦略的に置き、働き人を育て、信徒を強め、より広い地域へ福音を広げる拠点として用いられるのです。しかし、そのような働きは自然には起こりません。訓練は意図的でなければなりません。

更に、今の日本でも、多くの若い宣教師たちが、宣教のビジョンを抱えて来日しますが、言語、文化、宣教方法、日本での生活適応などの助けを必要としています。経験ある教会、安定した教会、成熟した指導者を持つ教会は、その宣教戦略の一部として、そのような働き人を整える重要な役割を果たせるのではないでしょうか。

2 テサロニケ・福音を響き渡らせた教会

テサロニケの教会は、別の宣教の型を示しています。1テサロニケ1:8「主のことばが、あなたがたのところから響き渡った。」この教会は、積極的に福音を広げる教会として知られていました。

パウロは、その証しが効果的であった理由を幾つか挙げています。第一に、彼らは福音そのものを語りました。個人的証し、招き、伝道などを通して、福音そのものが明確に語られていました(1:10)。第二に、聖霊が力強く働かれました。福音宣教は単なる人間的努力ではありません。神と共に歩む霊的なクリスチャンには、主のために語る機会が与えられます(1:5)。第三に、彼らの生活がそのメッセージを裏付けていました。彼らの生き方が、その言葉に信頼性を与えていたのです(1:6-7)。

その結果、彼らの影響はマケドニヤやアカヤ全体へ広がりました。普通の信徒たちを通して福音が力強く広がっていくことを、パウロは喜びました。このような伝道も、意図的な努力なしには育ちません。教会員たちは、個人伝道において励まされ、訓練され、支えられる必要があります。証ししたいと思いながらも、不安を感じている信徒は少なくありません。私たちは、人々がキリストを語れるように整えているでしょうか。

3 ピリピ・経済的支援によって宣教に参与した教会

ピリピの教会は、宣教における経済的パートナーシップの重要性を教えています。パウロはピリピ人たちの「福音にあずかること」(ピリピ1:5)を感謝しました。4章では、彼らがパウロの重荷を共に担い、他の教会がしなかった時にも、経済的支援を続けたことを語っています。彼らの献金は、単なる寄付ではありませんでした。パウロはそれを、交わり、協力、犠牲、そして実を結ぶ働きとして表現しています。

しかし、宣教献金もまた、意図的な計画とビジョンなしには育ちません。余ったお金を献げる程度では、宣教の働きはなかなか強く育たないでしょう。多くの教会では、「信仰約束宣教献金」のような仕組みを通して、教会全体が祈り、意識的に献げ、継続的に宣教を覚える助けとなっています。たとえ多くの宣教師を直接送り出せなくても、祈りと献金を通して力強い『送り出す教会』となることはできます。また、ささげる姿勢が強まるにつれて、献身へと導かれることも少なくありません。ピリピの教会は、宣教のための献げものが深く霊的な働きであることを教えています。神はそれをご覧になり、喜ばれ、福音の前進のために用いてくださるのです。私たちは、宣教を支えるために、より意識的に祈り、ささげる教会となっているでしょうか。

4 エルサレム・神が宣教地を教会へ連れて来られた教会

使徒2章では、ペンテコステのために様々な国から人々がエルサレムへ集められていました。そこで福音が語られ、多くの人々は福音を携えて自国へ帰って行きました。ローマの教会なども、その時福音を聞いた人々によって始まった可能性があります。もちろん、ペンテコステは特別な出来事でした。しかし、一つの原則は今も変わりません。時には、教会が世界へ出て行きます。また時には、神が世界を教会の近くへ連れて来られるのです。

今の日本は、そのような時代かもしれません。多くの外国人が、日本に住んでいます。留学、仕事、様々な事情によって来ています。中には、孤独の中にいる人々や、宣教師が入りにくかった国々から来ている人々もいます。神は、そのような人々を私たちの近くへ導いておられます。しかし、日本語を話さない人々への働きは簡単ではなく、自然にも育ちません。この必要のある方々を歓迎し、助け、コミュニケーションを取り、橋を架ける備えが必要です。彼らを単なる負担として見るのではなく、宣教大命令を果たすために神が与えてくださった機会として見るべきではないでしょうか。

結論

新約聖書を見ると、教会は様々な形で宣教に関わっていました。エペソは、訓練と派遣の拠点となりました。テサロニケは、証しによって福音を広げました。ピリピは、経済的支援によって働きを支えました。エルサレムは、神が諸国の人々を近くへ導かれた場所となりました。すべての教会が同じ形になる必要はありません。神は、それぞれの教会に異なる機会、能力、重荷、資源を与えておられます。

私たちは、自分たちの教会を祈りつつ見直す必要があります。神は、訓練できる働き人を与えておられるでしょうか。伝道への重荷を与えておられるでしょうか。宣教を支える経済的祝福を与えておられるでしょうか。あるいは、国際的な機会を地域に与えておられるでしょうか。方法や機会は時代によって変わっても、その召しは変わりません。キリストが再び来られる日まで、教会には諸国の民へ主を知らせる責任と特権があります。

神が私たちに与えられている機会に敏感であり、主がなさろうとしておられることに応答する教会となりたいものです。そして、機会を見抜く霊的感覚、踏み出す大胆さ、さらに深みに漕ぎ出していく信仰を、私たちに与えてくださいますように。

ハワイ宣教視察の証し

海外宣教委員長 佐藤 一彦

2月半ば、ハワイで宣教の働きをしておられる上久保崇先生・窓先生御夫妻の宣教の現場を訪問する機会が与えられました。

上久保先生と私は家が近所同士の幼馴染みであり、高校から青年時代を同じ教会で共に過ごした信仰の友でもあります。そして主の不思議な導きによって、お互いが献身へと導かれ、国こそ違いますが、それぞれ宣教師として遣わされた地で主に仕える者となりました。これまで、お互いの働きについては宣教レポートなどを通して知っていましたが、実際に宣教地を訪れ、その働きを間近で見る機会はありませんでした。しかし今回、主の恵みにより、先生が仕えておられるラナキラ教会の宣教大会の講師として招いていただき、実際の宣教の現場を見るという大きな恵みにあずかることができました。

 

今回の訪問では、婦人家庭集会、中高生集会、日曜学校、そして宣教大会の集会に参加させていただき、上久保先生御夫妻のお働きに深く触れることができました。「ハワイ」と聞くと、私たちはワイキキビーチやショッピング、観光客で賑わう世界有数の観光地を思い浮かべます。しかし、上久保先生の宣教の現場は、そのような華やかなイメージとはまったく異なり、地域に根ざした、日々の生活の中で助けや慰め、愛を必要としている人々に寄り添う、地道で尊い働きでした。

また、教会に集っておられる方々は、ハワイの方々だけでなく、さまざまな国や背景を持つ人々でした。それぞれが人生の事情や課題を抱える中で、神様の導きによって先生御夫妻と出会い、教会へと導かれていました。そして、先生御夫妻の賜物と温かな人格が豊かに用いられ、教会に集う一人ひとりに神様の御言葉による慰めと励ましが届けられていました。

婦人家庭集会では、幅広い年代の姉妹たちが一つとなって交わり、お互いの証を分かち合いながら、真剣に御言葉に向き合い、涙とともに祈り合う姿がありました。それは、同じ信仰を持つ神の家族だからこそ味わうことのできる、麗しい時間でした。

 

また、中高生集会では、思春期という難しい年代の子どもたちが、先生御夫妻の主にある明るさと包容力に包まれ、笑顔で集っていました。現地ならではの工夫に富んだプログラムによって、集会は活気に満ち、子どもたちが心から楽しんでいる姿がとても印象的でした。その中で、上久保先生と私との関係について証をさせていただく機会もありました。幼馴染みとして始まり、中学生時代は自由奔放な決して誇れるような生活ではありませんが、高校生時代には信仰の友として結ばれることとなり、やがて共に主に仕える者へと導かれていった歩みをお話しすると、子どもたちは大きな興味を持って耳を傾けてくれました。

 

そして今回の訪問の中心となった日曜日の宣教大会では、それまで関わってきた方々や更に新しく出会う人々が一つに集められ素晴らしい集会となりました。教会いっぱいに響く力強い賛美の歌声の中で、私自身がアフリカ・ウガンダで経験させていただいた宣教の証しも交えながら、神様の世界宣教への招きとチャレンジを御言葉を通して分かち合うことができました。そこに集っていた一人ひとりが、教会として、また個人として、神様からさまざまなお取り扱いを受けていたようでした。

 

今回のハワイ訪問を通して、宣教レポートだけでは伝え切ることのできない、多くの宣教の実を実際に見ることができました。それらはすべて、先生御夫妻が経験してきた困難や犠牲を経て与えられた主の祝福であり恵みでした。また、先生たちの存在そのものが、現地の人々の霊的必要のためにどれほど豊かに用いられているかを肌で感じることもできました。

どうぞ引き続き、上久保先生御夫妻のハワイ宣教のお働きのために、お祈りと御支援をよろしくお願いいたします。

 

インドネシア宣教の軌跡

 

1974年、佐倉聖書バプテスト教会牧師であり宣教委員でもあった入江一義師は、インドネシア宣教への召しを受け、語学学習と諸教会への訪問を開始されました。翌75年にビザを申請し、7か月後の76年5月にインドネシアへ出発。バンドンで宣教を開始し、語学学校でインドネシア語を学びながら働きを進めていきました。

 

当初は、複雑な移住手続きや生活環境、家族の病気や文化の違いなど、多くの困難に直面します。しかし、諸教会は祈りと献金、献品をもってインドネシア宣教を支え続け、宣教の働きは守られ、77年には大学の日本語学科で教鞭を執りながら福音を伝え、ますます活発に伝道活動が展開していきます。そして、78年には北スマトラ・メダンへの導きを受け移住。同年7月、メダンで最初の集会が開かれ、現在に至るメダン伝道の礎が築かれていきました。

 

その歩みの中では、三女ルツさんが重い病にかかり、日本で治療を受けることになりました。入江師夫妻は愛する娘を日本に残して宣教地へ戻ることとなりました。そして、82年に3歳で主のもとへ召されるという大きな試練を経験されますが、この出来事は諸教会に宣教の尊さと犠牲の重みを深く示すものとなりました。

79年には現地神学校が開校し、伝道旅行や開拓伝道も活発に行われるようになり、受浸者も次々に与えられ、教会形成が進展していきます。その中で、宣教基地(神学校と宣教師館の将来の用地) が熱心に捜し求められ始めたのもこの頃のことで、同年には宣教基地となる土地が与えられることとなります。

 

80年代後半から90年代初頭にかけては、86年のスハルト第五次政権発足以来、10年以上の滞在者へのビザ打ち切りが徹底され、他の宣教団体の日本人宣教師の殆どが引き上げさせられたり、地域住民からの反対、施設問題など数々の困難がありましたが、主の哀れみと恵により様々な形を通して入江師のインドネシア宣教は続けて前進し、メンテン教会、バプテスト学園、ケサワン教会、シアンタール伝道所、そして神学校校舎と宣教師館の建設が完成するなど多くの主の御業が現されました。更に田村師、広瀬師がインドネシア宣教に加わるという奇跡も主は起こして下さり、インドネシア宣教は大きく発展していったのでした。また、現地からも献身者が多数起こされ、インドネシア人リーダー育成の実りが結ばれていくようにもなりました。

また、近年では宣教基地の近隣の人たちに日本語を教える形を通しての伝道活動や地域の子どもたちのための活動をビジョンに掲げたり、最後までインドネシア宣教のために祈り、人々の救いのために人生を捧げてこられました。そして、今年2026年3月に、その働きを現地の働き人に引き継ぎ退任することとなりました。

 

このように、約50年にわたる入江一義師・博子師夫妻の尊い宣教の歩みは、多くの魂の救いと教会形成、そして次世代の宣教師育成へとつながる大きな祝福となりました。その働きの背後には、主の豊かな導きと、祈りをもって支え続けた日本の諸教会の存在があります。私たちは、入江宣教師ご夫妻の長年にわたる忠実なご奉仕に心から感謝し、主の御名を心から崇めます。

 

第19回の青少年宣教キャンプのご案内

 

連載特集 vol 5

最近来られている日本への宣教師紹介

ジェイソン&ホーリー・シェップス宣教師家族

お名前:ジェイソン&ホーリー・シェップス夫妻、派遣国:アメリカ、先奉仕教会:ハレルヤ聖書バプテスト教会

日本に宣教師として来る前、バングラデシュで約一年間宣教師として奉仕しましたが、主が道を閉ざされたので次の宣教地を祈っていました。そして、2025年10月30日に家族で来日しました。

家族は、妻のホーリーと6人の子ども達がいます。現在は、山梨県南アルプス市にあるハレルヤバプテスト教会において日本宣教の準備をしています。そして、毎日語学学校に通い日本語を学んでいます。これから日本語と日本の文化、そして日本人のことをよく知り、日本人によく仕えることができるように願っています。

祈りの課題
・語学学校で日本語の学びと日本語の習得のため。
・外国免許の切替え手続きがスムーズにいくように。
・日本語と日本文化、日本人をよく知り日本でよくお仕えできるように。
・日本での家族の生活が日々守られるように。
・現在7番目の子供を妊娠している妻の体調が守られるように。

 

 

ネイダム・ジョン・カルトネロス宣教師

お名前:ネイダム・ジョン・カルトネロス、派遣国:フィリピン、奉仕教会:豊橋ひかり聖書バプテスト教会

32歳、独身です。グレース・アンド・ホープ聖書バプテスト教会(フィリピン、カビテ州ジェネラル・トリアス市、デリオ・C・カルトネロス牧師:父)から派遣されました。ベタニー・バプテスト聖書神学校で神学を学び、ベタニーLD大学で宣教学学士を取得しました。

日本に来たことの証をさせていただきます。日本は文化、食べ物、伝統を理由に、私の大好きな国の一つです。しかし私が日本を考え、祈る理由はそれだけではありません。何よりも、私たちの主イエス・キリストの救いの知識を知らない、多くの迷える人々です。

2011年、東日本大震災の大津波が日本を襲ったとき、私の心に浮かんだ疑問は、日本人はキリストを知っているのだろうかということでした。彼らは福音の明確な説明を聞いたことがあるのでしょうか? 復活された御子は日の出の国に輝いたのでしょうか?大震災の出来事は、私にもっと日本を知りたいと思わせました。調べてみると、日本には一般的にキリスト教徒が1%未満しかおらず、亡くなった人々の多くは一度もイエスの名前を聞いたことがないだろう、と知ったのです。

 

2020年、私はベタニー・バプテスト教会のミッションカンファランスで「20/20ビジョン、 ボーダーを越えて」(世界をよく見ようの意味)というテーマのもとに献身しました。私は日本の愛知県に、すでにほぼ半年間おります。

私の心の場所は沖縄です、美しい島々と独特の文化があり、明るい人々がいます。今はまだ、宣教の道は開いていません。豊橋ひかり聖書バプテスト教会を通して愛知県で働きながら、神が沖縄の扉を開いてくださる、神の完全な時を待つことが御心だと信じます。私は今、言語を学びながら、トラクト配布、ソングリーディング、日曜学校、その他の奉仕を通して教会を助けています。

 

感謝と祈祷

 

インドネシア派遣宣教師 田村 成幸

近況報告

バリ開拓伝道の為のお祈りとご支援に感謝致します。

これまでも新来者が与えられていましたが、現在まで継続して与えられています。2026年1月~5月までに、日本人を含めて10数名の新来者がありました。更に、信仰告白者も導かれており教会組織に向けての働きが続けられています。同年5月には、会堂兼住まいの賃貸更新も無事に済んで今後の働きが導かれている事を感謝致します。また、インドネシア人の同労者(伝道者)を祈っていますので、主が備えて下さる様にお祈り頂けましたら感謝です。

祈りの課題

①バリ開拓伝道の祝福
②バリでの同労者が与えられる様に
③ジャカルタ、スラバヤの教会の祝福
④田村の家族親族の救い
⑤田村家族の健康と全ての事の守り

 

 

ハワイ宣教師 上久保 崇

近況報告

水曜日の祈り会に集うことのできない兄弟姉妹も教会として共に祈る機会を持つために、ある教会からヒントをいただき、第二日曜の礼拝後に短く交わりの時を持った後に、祈りの課題を分かち合い祈りをささげています。主が祈りに答えてくださり、その恵みを神様に感謝する幸いにもあずかっています。

二月には、佐藤宣教委員長ご夫妻をお招きして宣教集会を開催いたしました。婦人会・中高生会・日曜学校・礼拝、そして礼拝後の宣教タイムを通じて、宣教のためにささげることの大切さと喜びを教えていただきました。ウガンダでのお働きの証しを伺うことができ、主に感謝する時となりました。教会が宣教に対する霊的な目が新たに開かれる機会となりました。

就学前の子供とそのご家族への伝道のために行なっている「こひつじサークル」は、今年度は二組の母子と共に新しいプログラムによって働きを継続することができました。次年度の参加者が主によって導かれるように祈っています。

祈りの課題

①日曜学校のサマープログラムと九月のキャンプのための祝福
②礼拝や諸集会に参加している方々の救いのために
③次世代への引継ぎのための導き

 

 

インドネシア派遣宣教師 広瀬 憲夫

近況報告

刑務所伝道のきっかけとなったフェルナンド兄が出所し、生活の立て直しからの再スタートとなる。

5月4日、メダン周辺伝道者交わり会を今回の持ち回りで自宅開催。6月末をもってインドネシア宣教師を退任予定を公表、祈ってもらう。寂しいという何人もの人の声で寂寥感が募る。

5月14日(祝)、スタバッ教会においてキリスト昇天記念日に宣教大会と独立1周年記念会。

長い間の宣教の御協力に、心から感謝いたします。

祈りの課題

①若い伝道者たちの成長と宣教の拡大
②ヨシヤ・サラギ兄の神学校進学、学びが支えられるように
③マナル牧師、シトメアン牧師夫人の健康が支えられ教会奉仕が守られるように
④私たちの今後の働きが導かれるように

 

 

香港/東アジア派遣宣教師 吉田 正治

近況報告

3月、初旬に淳子師が日本から帰り、末には、息子夫婦が香港に引っ越し。しばらく我が家で同居。

4月、息子の神学の学びをマンツーマンで始める。

 

5月、コンゴ人宣教師の訪問を受ける。コンゴの状況は一日一食しか食事ができないとか、水道がないので教会で小さなボーリングマシンを購入し(日本円で150万円中国製)60メートルの地下水を掘り当て、井戸を作るなど、想像を絶する。しかし彼の素晴らしい働きで、村々に教会が建ち、30人の神学生が学び、この6年間で1000人以上が救われている。彼を香港BBFの四教会に連れて行ってメッセージの機会をもらう。毎月のサポートもアピールする。

 

祈りの課題

①息子の基生兄の神学の学びと霊的な訓練のため
②息子夫婦の香港での生活。仕事をしながら、神学の学び
③フィリピンGBELSの働きの継続と、教会がここに与えられるように
④夏の宣教キャンプの祝福のため

 

 

台湾・東アジア スズキ シノブ

近況報告

1月には、韓国BBFの台湾宣教師であるパク宣教師ご夫妻を通して、韓国の3つの教会を訪問する機会をいただきました。そのうちの一つの教会では、これから日本宣教に赴く50代のご夫妻にお目にかかりました、私自身は日本にいませんが、宣教の重荷を分かち合い、日本宣教に関わることができ、大きな喜びを覚えました。

2月には沖縄聖書バプテスト教会の宣教大会に出席させていただきました。JBBFの最初の宣教師が開拓された地で、兄姉方が主に信頼し続けてきたお姿を拝見しました。また、張替伝道師ご夫妻の沖縄を知ろうとする真摯なお姿が印象に残りました。また、「ただ主を褒めたたえたい」という願いから、平日にご夫妻と『主のしもべ』を賛美したことは、特別な恵みでした。

5月には香港コーナーストーン・バプテスト教会から派遣されているグレース姉の聖書と英語の学校、GBELSでご奉仕させていただきます。神学校卒業後に吉田宣教師ご夫妻を訪問させていただいた際にグレース姉とお会いし、故郷への霊的な重荷とビジョンをお聞きしていました。明日、出発します。主によくお伝えし、お子さん達にイエス様を伝え、交わりが祝福されますようにお祈りください。

祈祷課題

①台湾・東アジアの人々の救いと祝福
②語学が上達するように
③各地域へ働きの門が開かれるように
④遣わされる各地で主にある同労者が与えられるように

 

続 9・38チャレンジ

海外宣教委員 谷井 涙賀

そこでイエスは弟子たちに言われた。「収穫は多いが、働き手が少ない。だから、収穫の主に、ご自分の収穫のために働き手を送ってくださるように祈りなさい。」マタイ9:37~38

宣教の働き~祈り続ける~

2019年に開催された全国聖会において、米国BBFI宣教委員長のカナラップ師が「9・38チャレンジ」について語られた。それはマタイ9章38節にあるイエス様のみことばから「収穫のための働き手を送ってください。」と毎日9時38分に祈るというチャレンジである。これまで宣教クォータリーでもこのチャレンジについて何度かアッピールさせていただいたが、私自身それ以来、主から受けたチャレンジとして祈りを続けている。2022年秋に群れとして初の女性宣教師を派遣する恵みに与ったこと、またコロナ禍以降に諸外国から宣教師が次々と来日されたことを通して、主は確かに祈りに答えてくださるお方であることを経験させていただき、益々祈り続ける思いを強くされている。

宣教の働き~宣教師の受け入れ~

祈りの内に働かれる主のご摂理の中、私たちの教会は昨年秋に来日した米国人宣教師家族を受け入れることとなり、教会として数々の初めての経験をさせていただいている。シェップス宣教師は初めバングラディシュに宣教師として導かれ実際に現地に赴いたが、主が宣教の扉を閉ざされたため次なる宣教地を祈っておられた。2025年5月に宣教地視察のため初来日してから、約半年間で日本へ宣教師として来日するという時間枠の中で受け入れ教会としてスピード感ある対応が求められた。まず、家族全員のビザの発給、来日前に日本での生活拠点となる大家族が暮らせる住居探し(子供が6人と現在夫人は妊娠中)、山梨での移動手段となる車の購入、語学学校との連絡や役所とのやり取りをはじめ様々な準備があったが主は一つひとつを最善へと導いてくださった。現在は、毎日語学学校に通いながら日本の文化、生活習慣に慣れるように努めつつ教会でともにお仕えする恵みをいただいている。

宣教の働き~働き人を遣わす~

9・38チャレンジの祈りを続ける中で、私自身また教会としても「主の収穫のために働き人を遣わす」ことができるようにとの祈りも新たに加えられている。いつかシェップス宣教師家族を私たちの教会から主が遣わされる日本の地へ送り出すサポートができるように祈り期待している。同時に宣教師受け入れという経験を通して、働き人を遣わすという宣教の実際的な働きや必要を知る機会ともなっている。群れ全体では、長期に渡り宣教地で仕えて来られた宣教師たちが今後少しずつ帰国される状況を見る時、イエス様が祈りなさいと言われたみことばを今こそ信仰をもって受け止め実践するこが急務である。今日から個人で家庭で教会で9・38チャレンジの祈りを御前にささげようではありませんか。

 

編集後記

長年にわたり、福音を語り、教会を起こされる主の働きを担って来られ、時至ってその働きを終えられた宣教師の姿があります。しかし、その働きを介して起こされた現地の教会によって、福音の働きは継承され、罪人をお救いになる主の働きは、宣教地でなお続きます。しかし、だからと言って宣教地では、宣教師の働きの必要が無くなったわけではないでしょう。現に私たちの暮らす日本では、今もなお主が宣教師を送り続けて下さっています。だとすれば、宣教師が退役されたその地にも、なお宣教師の働きは必要なことでしょう。今回のメッセージや報告を踏まえればこそ、牧師や信徒が、主がなさろうとしていることに関心をもち、それに応答して行動できる信仰を、日頃から養い備えておくことが大切だと思いました。

宣教師は教会から遣わされるものですから、教会の働きと責任は重要です。退役宣教師の足跡に、皆さんも心を向けてみませんか。

 

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