宣教クォータリー
2025年 11月号
滅び行く人々への情熱と責任
沖縄聖書バプテスト教会伝道師 張替 道雄
「人の子よ、わたしはあなたをイスラエルの家の見張りとした。あなたは、わたしの口からことばを聞くとき、わたしに代わって彼らに警告を与えよ。わたしが悪しき者に『悪しき者よ、あなたは必ず死ぬ』と言うとき、もし、あなたがその悪しき者に、その道から離れるように警告しないなら、その悪しき者は自分の咎のゆえに死ぬ。そして、わたしは彼の血の責任をあなたに問う。」エゼキエル33章7〜8節
私たちが今生かされているこの世界は、「この世の神」である悪魔が支配している世界です。多くの人々は、造り主であられる真の神を認めず、自分自身の罪ゆえに永遠の滅びに向かっています。この現状に心を留めるとき、先に救われた私たちキリスト者が、改めて覚えるべきことは何でしょうか。
滅び行く人々への情熱
「というのは、私はたびたびあなたがたに言ってきたし、今も涙ながらに言うのですが、多くの人がキリストの十字架の敵として歩んでいるからです。」(ピリピ3:18)
ここでパウロは、「多くの人がキリストの十字架の敵として歩んでいる」という事実を、「たびたび」「涙ながらに」語っています。これは、今の時代も同じです。今なお、多くの人が、特に日本では99%以上の人々(少なくとも統計上)が、キリストの十字架の敵として歩んでいるのです。世界に目を向けても、実に多くの人々が、真の救いを知らずに、日々滅びに向かっているのです。私たちは、この事実に、どれほど関心を寄せているでしょうか。日々の自分の歩みが忙し過ぎて、或いは、目の前にある様々な問題が大き過ぎて、「滅び行く人々への情熱」を失ってしまってはいないでしょうか。私たちは、先に救われたキリスト者として、この素晴らしい御救いに与った者として、何のためにここに生かされているのか、その意味を改めて確認する必要があるのではないでしょうか。
イエス様は、ご自分のもとにやって来る大勢の群衆を見て、あわれまれました。[内臓がよじれる]ほどに、心を痛め、深くあわれまれたのです。このイエス様のあわれみの心が、私たちのうちにあるでしょうか。このあわれみによって、救いに与った私たちが、今度は、このあわれみの心をもって、滅び行く人々に向き合っているでしょうか。神のみこころは、「すべての人が救われて、真理を知るようになること」(1テモテ2:4)ですから、私たちは、「世界の人々」の救いを祈るべきです。しかし、それは同時に、私たちにとって、漠然とした「世界の人々」ではなくて、今、私たちの目の前にいる人こそ、イエス様のあわれみが、イエス様の救いが必要な存在ではないでしょうか。彼らの救いのために、情熱をもって祈っているでしょうか。伝道の機会が与えられるように、主に、本気で祈り求めているでしょうか。今、私たちが置かれている場所は、主によって遣わされた収穫の畑と言えるのではないでしょうか。職場、地域、家庭、学校、或いは様々な人間関係の中で、私たちはどのような心で過ごしているでしょうか。彼らと私たちは、「救い」という点で決定的な違いがあります。これは、由々しき事態です。イエス・キリストを信じない人があまりに多いので、私たちはこの危機的状況に慣れてしまっていないでしょうか。「あなたがたは、『まだ四か月あって、それから刈り入れだ』と言ってはいませんか。しかし、あなたがたに言います。目を上げて畑を見なさい。色づいて、刈り入れるばかりになっています。」(ヨハネ4:35)と主は語られます。私たちは、目を上げて畑を見ているでしょうか。人々の救いに、どれほど関心をもっているでしょうか。伝えても伝えても、なかなか信じる人が起こされない現実があるかもしれません。多くの人々はイエス・キリストに無関心かもしれません。しかし、私たちの側が、その人の救いに無関心であってはいけないのです。私たちは、滅び行く人々への情熱をもって、主イエス様からいただいたあわれみの心をもって、関わり続ける必要があることを覚えたいのです。
福音を宣べ伝える責任
「人の子よ、わたしはあなたをイスラエルの家の見張りとした。あなたは、わたしの口からことばを聞くとき、わたしに代わって彼らに警告を与えよ。わたしが悪しき者に『悪しき者よ、あなたは必ず死ぬ』と言うとき、もし、あなたがその悪しき者に、その道から離れるように警告しないなら、その悪しき者は自分の咎のゆえに死ぬ。そして、わたしは彼の血の責任をあなたに問う。」(エゼキエル33:7〜8)
これは、主が、預言者エゼキエルに語られたみことばですが、私たちキリスト者一人ひとりに対しても語られているみことばと捉えるべきではないでしょうか。救われた私たちには責任があるのです。滅びがあることを知っている者として、それを警告する責任、滅びからの救いを知っている者として、その福音を宣べ伝える責任があるのだということを改めて覚えたいのです。主イエス様は、昇天される際、弟子たちに次のように言われました。
「ですから、あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい。父、子、聖霊の名において彼らにバプテスマを授け、わたしがあなたがたに命じておいた、すべてのことを守るように教えなさい。見よ。わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたとともにいます。(マタイ28:19〜20)
いわゆる「宣教の大命令」です。信仰の先人たちが、主イエス様からのこのご命令に、時に命がけで従い通してくださったゆえに、こうして、地の果てに住む私たちにも、この福音が届けられたのです。この事実を覚えるとき、そして、自分が頂いている救いの価値に気付かされるとき、私たちは、自分さえ救われたのだからいい、とはならないはずです。脈々と受け継がれてきた「責任」、この「福音を宣べ伝える責任」が、今を生きる私たちキリスト者にも問われているのです。福音は、信じない者には厳しい死の宣告です。福音を宣べ伝える者は、福音の力を信じ、依頼者である神と警告すべき相手を愛し、相手の反応を恐れない勇気とご聖霊が御言葉を通して働かれるという信仰が必要でしょう。私たちは、もっと真剣に、このことに向き合わなければならないのではないでしょうか。
こんなにも情報が溢れている社会にありながら、多くの人々は、真の福音に辿り着けていません。「この世の神が、信じない者たちの思いを暗くし、神のかたちであるキリストの栄光に関わる福音の光を、輝かせないようにしている」(2コリント4:4)のです。私たちは、このような世界にあって、福音の光を届けるようにと、責任を委ねられた一人ひとりです。神は、「宣教のことばの愚かさ」(1コリント1:21)を通して滅びゆく人々を救おうと定めておられます。本当に不思議なことですが、私を筆頭に、愚かで知恵のない、無に等しい者を、神は用いてくださるのです。「責任」を委ねてくださった神は、私たちがその[責任]に生きることができるように、知恵と力を備えていてくださるお方です。
私たちは、先に救いに与った者として、改めて、この恵みに感謝し、喜んで、滅び行く人々の救いのために、自分自身をおささげする者でありたいのです。
連載特集 vol 3
最近来られている日本への宣教師紹介
ブラウン宣教師家族

お名前:ランダル・スコット・ブラウン、派遣国:アメリカ、派遣先奉仕教会:掛川BBC
私の名前はランダル・スコット・ブラウンです。私は十代のとき、日本で宣教師として仕えることに献身しました。その後、神はその召しを確かにしてくださり、2024年に家族と共に日本に到着して宣教の働きを始めました。
妻のエスターにも日本との深いつながりがあります。彼女の父は、宣教師の子どもとして日本で育ったため、エスター自身も幼い頃から家庭の中で日本について多くを聞きながら育ちました。現在、私たちは子どもたち(ディーン、イライジャ、グウェンドリン、スコット、クリストファー)と共に、掛川で仕えています。

日本に来てまず感じたことは、大きな励ましと新しい気づきでした。出会ったほとんどの方々が親切に接してくださり、私たちに興味を持ってくださいました。また、多くの伝統が宗教的な歴史に深く根ざしている一方で、近隣の方々はそれを主に文化として理解していることに気づかされました。私たちの背景が異なるにもかかわらず、常に親切と敬意を示していただいていることを心から感謝しています。

日本での宣教には明確な課題もあります。人々は親切で友情に開かれていますが、文化と宗教の区別をあまり意識しない霊的な見方も存在します。それでも、神がご自身の目的のために私たちをここに導いてくださったと信じています。これからも周囲の方々にキリストの希望を分かち合っていけることを楽しみにしています。
2025青少年宣教キャンプの証し
8月19日〜22日 群馬県太田市藪塚 東毛青少年自然の家にて開催

東アジア宣教師 吉田 正治
今年のキャンプは、まだまだ「地図上の空白」が多い宣教地と宣教師を思い、また「時間的な空白」も20年、宣教師家族が出ていないことと、諸教会の間で宣教に対してのビジョンが共有されていないのでは、或いは薄れて行っているのではないかという「ビジョンの空白」もあるのではという思いもあり、「空白を埋めよ」というタイトルが与えられました。
田村師、広瀬師、上久保師の日本人宣教師たちが、宣教地からビデオ説教を送ってくださいました。スミス師、エバスコ師、ラファエル師の各外国人宣教師のメッセージと、宣教委員長の佐藤師、中国宣教の吉田と、すべてのメッセージは宣教師によって語られ、60人近くのキャンパーたちと、3泊4日のキャンプは宣教漬けの毎日で、しかも仁戸名教会と宣教委員会による超充実のプログラミングで、レクや遠足、宣教委員会アワー、諸教会訪問、伝道手伝いなど100%以上の内容の充実感がありました。

またご自分の伝道と牧会の実として三人の宣教師の他、多くの伝道者を育てて来られた宣教キャンプの柱、大木英雄先生にもメッセージをしていただきました。
群馬県太田市藪塚という今回の開催場所は、市街地からは少し遠く、広い会場も、他の集団と重なる事がなく、貸切状態で、キャンプには理想の会場でした。この宣教キャンプには、2008年の第一回開催から、献身者が与えられ、BBF神学校、関西の神学校、アメリカの神学校に進み、伝道者となる若者も多数与えられています。今回も同様に多くの決心者、献身者が与えられており、喜ばしい限りですが、彼らの決心が花開き、実を結んで宣教師として遣わされる若者たちがさらにたくさん起こされるようにお祈りしております。

近年、多くの親御さんたちが、お子さんを送ってきて、そのまま帰られてしまい、ぜひその方々にも、キャンプの恵みを味わってほしいという願いから、キャンプの対象を、中学、高校、大学、社会人及び、自分が青年だと思っている人としました。目論見通り、例年より幅広い年齢層の方々もご参加いただき、世界宣教の重荷を分かち合う事ができました。
多くの決心者が与えられましたが、中でも中国人を含む中学生から、宣教師、伝道者の決心者が与えられ、主の御名をほめたたえました。数年後を楽しみにしています。

老婆心とでも申しましょうか。かつて私の家内が学んだPCBBC(パシフィックコーストバプテストバイブルカレッジ)は、家内在学当時は、宣教の重荷と、熱気に満ち溢れ、夏休みには学生を各宣教地に派遣して伝道活動をしていました。学生も多く、学校中に宣教の息吹がありました。校長が代わり、学校のアカデミックレベルを上げることに執心して、宣教の思いをなくすと、学生は徐々に減り始め、ついには学校そのものが消滅しました。世界宣教の重荷を持って、献身の決心をされた青年たちを、支え育てるために、さらに宣教キャンプが用いられますようにと願っています。

ここ数年、海外から日本への宣教師が、次々と来て下さっています。日本はいまだに世界有数の「福音未到達地域」に数えられているからです。日本に重荷を持って下さって、日本人の救いのために来てくださる宣教師に、感謝しています。けれど聖書には「受けるよりも与える方が幸い」であると書かれています。宣教師の総量規制も地域限定もありませんので、受けるだけでなく与えることにも、さらにさらに熱心になろうではありませんか。
宣教キャンプに参加して
調布聖BBC 小池 なおみ
毎年息子から「恵まれた!」と聞いていた宣教キャンプに初めて参加出来て感謝します。と言っても若者のキャンプに参加していいのかなと言う気持ちもあり、おまけに途中参加で部分参加だったので、こっそりと集会場所に入りました。場所は昭和感のある古い建物の一室でしたが、キラキラした空間が広がっていました。若者が集まっているキラキラ感はもちろんですが、それだけでないことはすぐに分かりました。集会直前の時間でしたが、それぞれが自由に積極的に礼拝の準備をしていて、みんなの心が主に向いていることが感じられました。集会が始まると、そこには心からの賛美、飾らない素直な証し、ストレートなメッセージがありました。特に中高生の兄姉の元気な信仰、心からの賛美を見せていただき感動しました。彼らの将来のために祈らずにいられません。

メッセージは宣教師の先生方を通して語られます。宣教師から直接宣教のみ言葉を聞くことが出来る貴重なキャンプであることも分かりました。
私はインドネシアの広瀬宣教師を通してのみ言葉を聞くことが出来ました。宣教の働きはキリストの愛に生きること、罪人の自分をイエス様が愛してくださった愛を知る事に基づくことを教えられました。知るとは知識ではないことを考えさせられ、自分はどれだけ知ることが出来ているのだろうと振り返る機会となりました。

キャンプの中で現在日本に来てくださっている宣教師の先生方の情報も伺うことが出来ました。日本を愛して日本に宣教に来て下さったことを心から感謝し、お働きのために祈りたいと導かれました。調布聖書バプテスト教会の創立者、主と日本を愛してくださっていたラージャス師の姿を思い起こしました。宣教の働きを消すことなく前進させていかなければいけないと心に強く迫るキャンプでした。

感謝と祈祷
インドネシア派遣宣教師 広瀬 憲夫

近況報告
スタバッ教会がこの4月に独立したのを機に、スタバッ教会での広瀬の日曜奉仕は、ビンシェイ教会、マレラン地区、他教会などと同じ月一度に減らしました。スタバッ教会の水曜子ども会と祈祷会は継続で毎回参加です。ここ数ヶ月、私たちがスタバッ礼拝に出ない時には新来者が多く与えられる、という恵みが続いています。
以前スタバッ教会メンバーだった青年が3月にカンボジアに出稼ぎに行った事は人づてで聞いていました。が、それが闇バイトの仕事だったこと、さらに、使い物にならないと何回か売り飛ばされた挙句、道端に放り出されて倒れていたところを見ず知らずのカンボジア在住の人に助けられた、という事に発展。9月末現在、未だにその後の進展が分からない状態です。経済的な困難から、目先の好条件につられて安易に行動してしまい、人身売買や犯罪に巻き込まれるインドネシアの若者たちが社会問題になっています。

祈りの課題
①若い伝道者たちの成長のため
②来年按手を予定しているジョン・バンチン兄をはじめ、アンディ・ブロロ兄、ダニエル・マナル兄も更に整えられ、御言葉の働きの実を得られるように
③定期的な学びの交わり会が祝福されるように
④地球温暖化でますます暑くなった一年中高温多湿のインドネシアのため

インドネシア派遣宣教師 入江 一義

近況報告
入江宣教師は現在、国内で療養中。食欲が衰退されているもののお元気です。奥様は歩行器を使って長い距離を歩けるようになられています。
祈りの課題
①入江宣教師夫妻の健康のため
②留守中のケサワン教会の守り
③ビザ再発行のため。祈りの課題
香港/東アジア派遣宣教師 吉田 正治

近況報告
6月・息子が日本から里帰りして、今回は中国の家の教会にも、私の代わりに訪問をしてくれました。中国人のCさんは未信者だが、車で、ティム兄、サンディー姉、基生兄を連れて行って下さった。Cさん(女性)の救いのために祈っています。
7月―淳子師は治療のため、帰日。吉田の左手の手首が腱鞘炎になって痛む。政府の病院や中国マッサージに数軒行ったが、痛みが取れない。スポーツ用サポーターをすると、不思議に痛みがなくなった。取ると痛む。しばらくこのサポーターの世話になる。(9月現在痛みはなくなりました)
8月・教会訪問、宣教キャンプのために8月いっぱい帰日する。9日土曜日、息子の婚約式を神戸命のパンバプテスト教会にてしていただく。6教会を訪問し、宣教報告をさせていただく。
9月・1日、2日と御代田の教役者フェローシップに参加して、多くの先生たちと久々のお交わりをいただき、励ましをいただく。4日まで母教会の婦人会にてご奉仕させていただき、5日に香港に帰る。毎年夏は忙しい。
祈りの課題
①コーナーストーン教会の祝福のため
②広い会堂のため
③息子基生の結婚と、その後の香港での献身者としての生活のため
④淳子師の乾癬性関節炎の癒しのため

台湾・東アジア 鈴木 しのぶ

近況報告
夏の間、第一回目のファーローを行い、9月5日に台湾に戻りました。ファーローでは、初めてお伺いする教会を中心に、17の教会を訪問いたしました。また、派遣教会で行われた神学校の伝道実習や、作業週を通して神学生の方々とお交わりをいただきました。キャンプ場でのワークキャンプ週での奉仕、派遣教会の夏のキャンプへの参加、教役者フェローシップへの参加、また個人的なお交わりの機会を通して、多くの先生方や兄弟姉妹方とご一緒に時間を過ごすことができました。宣教の重荷を分かち合うと共に、台湾での生活に興味を持って下さり、耳を傾けて下さったお一人お一人の先生方と兄姉の皆様に心から感謝いたします。
現在(9月末)から年末にかけての予定は、語学とクリスマス伝道が主になります。3か月強日本に滞在している間に、せっかく習った中国語も一部忘れてしまいました。そこで今一度、中国語の学びに力を入れることにしました。また、現在は山頂バプテスト教会のカラーズ牧師夫妻がファーロー中でお留守です。私は、台湾人の兄姉と共に、クリスマスの学校・施設伝道を行う責任がありますので、どうぞお祈りください。
祈祷課題
①クリスマスの学校・施設伝道の働き
②台湾・東アジアの人々の救いと祝福
③語学の上達
④主にあって共に喜んで主を拝し、互いに仕え合う同労者が与えられるように
⑤東アジアへの重荷。
インドネシア派遣宣教師 田村 成幸

近況報告
バリ開拓伝道の為のお祈りとご支援に感謝致します。
7月と8月に、日本の諸教会から複数の兄姉が来られて交わりが与えられました。それぞれの機会を通して、青年会や子供会、特別集会を計画しました。
8月にはバリ開拓伝道 1周年記念礼拝を行いましたが、新来者を含めた23名の方が集い御名を崇めました。これまで60名前後の新来者が与えられ、1度限りの方や日本からのゲストも含まれていますが、その中で数名の方が続けて礼拝に集って下さっています。今年中にバプテスマを受ける兄姉がある様に祈っています。また、インドネシア人の同労者(伝道者)を祈っていますので、主が備えて下さる様にお祈り頂けましたら感謝です。
祈りの課題
①バリ開拓伝道の祝福
②バリでの同労者が与えられる様に
③ジャカルタ、スラバヤの教会の祝福
④田村の家族親族の救い
⑤田村家族の健康と全ての事の守り
ハワイ宣教師 上久保 崇

近況報告
ハワイ宣教のためにお祈りくださっている皆様に心より感謝申し上げます。
カーク・ハシモト兄は、2008年より私たちの教会に集われ、現在は礼拝での司会や聖歌隊の指導などを担い、忠実に主に仕えています。今年の25周年記念の時に、教会の祈りに支えられて執事として立てられ、その姿は主への献身の証しとなっています。
カーク兄は恵理姉と結婚され、二人の息子さんに恵まれ、後にご両親も教会員となられ、三世代で共に教会に集っておられることは、信仰の継承を示す大きな証しです。
また、社会における豊かな経験も教会の奉仕にいかされています。責任ある仕事に励むとともに、ご両親の支援や中高生の息子さんたちの子育てにも心を注がれ、バランスよく主に仕える姿は、教会にとって大きな励ましです。
按手の二日前には、長年闘病を続けてこられたお父様が召天されましたが、お父様もかつて執事として主と教会に仕えられた方であり、その信仰の歩みが受け継がれています。ハシモトご家族のためにお祈りいただければ幸いです。

宣教地の実
カーク・ハシモト執事

ハワイ派遣宣教 上久保 崇
主に仕えることをゆるしてくださった主の御名を賛美します。私の名前はカーク・ハシモトです。私はハワイのラナキラ・バプテスト教会ジャパニースミニストリーで、上久保牧師ご夫妻と共に仕えています。執事として仕えるよう選んでくださった私たちの教会のサポートに感謝します。
私はクリスチャンホームで育ち、5歳の幼い時にキリストを受け入れ、9歳の時にバプテスマを受けました。私はクリスチャンスクールに通っていました。今はハワイのオアフ島に住んでいます。妻のエリと二人の息子、コールとカイルを与えてくださった主に感謝しています。
GPSのように
私の人生の歩みは、平坦な道ではありませんでした。私はいつも自分のキャリアについて話す時、それをGPSが私たちの進む道をさがす助けをすることにたとえます。もし私たちが神様に導きを委ねるなら、神様は私たちのGPSです。神様は私たちの最終目的地をご存じで、最善の道順を示すことができます。時に私たちはせっかちになり、すぐに到着したいと思ってしまいます。私たちが知らなくても神様は目的地に至る最善の道順をご存じです。その途中で、私たちが神様の導きに従わなくても、神様は私たちを正しい道順へ導こうとすることをやめられません。GPSのように、経路は修正され、最善の道を示し続けるのです。時にはUターンすることもありますが、多くの場合は別の道を通って旅は続けられます。私がGPSを使う時、知らない道に案内されて「どこへ行くのだろう」と思うことがあります。しかし多くの場合、それは渋滞や危険を避けるためだと分かります。もし自分の考えた道を進んでいたら、遅れたり渋滞にはまったりしていたでしょう。私のキャリアもこれと同じで、今までいくつかの会社で働く中で多くを学んできました。これらの経験が、現在の役職に必要な備えとなっています。もし1つか2つの会社で働くという普通のキャリアをたどっていたなら、今の役職に就く資格はなかったでしょう。
誰も私の歩んできた道を計画できなかったと思いますが、振り返ってみると、神様は私の長年のキャリアの上にも計画を持っておられたことが分かります。今では、神様が私の歩みに導きと目的を与えてくださったこと、そして今も私や家族を導いてくださっていることがわかります。私は神様の導きに感謝して、神様を知るすべての人に、何事にも御心を求めるよう励ましたいです。神様は電話やメールで直接道を示してはくださらないことを知ってください。しかし、私は、敬虔な信仰の先輩たちから賢い助言を求め、神様の導きを信頼することを学びました。機会が与えられた時、もしそれが御心でないなら、その機会を取り去ってくださるよう神様に求めることによって、私たちは神の導きを求めます。最近の出来事では、人生においてキリストを持つことが不安を管理する助けとなることを私に思い起こさせてくれました。仕事、人間関係、試練や悲しみなど、多くの挑戦は前に進むことをためらわせるものです。
私たちを導き、守ることのできる神がおられることを知っていることは、私たちの力の及ばない事柄を心配することなく、神のために最善を尽くすことができるという確信を与えてくれます。「心を尽くして主に拠り頼め。自分の悟りに頼るな。あなたの行く道すべてにおいて、主を知れ。主があなたの進む道をまっすぐにされる」(箴言3章5-6節)この約束によって、私たちは恐れずに前進することができます。また、私たちの人生で起こるすべてのことの中で、神様が支配しておられることを知ることができます。その時にはなぜ起こったのか理解できなくても、御心を求め続けるなら、最善の形で目的地に到達することができます。主に仕える道を共に歩み続けながら、互いのために続けて祈り合いましょう。

編集後記
今年の青少年宣教キャンプに、取材のため訪問いたしました。私が伺ったとき、過去にこのキャンプで献身に導かれた青年が、宣教の重荷と使命が与えられたことを証しされていました。主が宣教の働きを継承する次の世代を起こしてくださっていることに、大変励まされました。また、長きにわたり、このキャンプを運営し、支えて来られた先生方や兄弟姉妹の情熱と犠牲にも感謝いたします。
主が「行ってあらゆる国の人々を弟子としなさい。」とお語りになったその御言葉は、かつてエゼキエルを通して課せられた責任を果たそうと、使命感をもって行動する私達の信仰が用いられ、執事をはじめとする新たな働き人や仲間が起こされ、結実へと向かうものだと学ばせていただきました。小さな教会を牧会する身ではありますが、主から賜った責任を担いつつ、さらに大きく主に仕えて行こうと思います。
