宣教クォータリー
2025年 3月号
世界宣教と私たち
豊橋ひかり聖書バプテスト教会牧師 栗原 睦
『キリストは私たちのために、ご自分のいのちを捨ててくださいました。それによって私たちに愛が分かったのです。ですから、私たちも兄弟のために、いのちを捨てるべきです。」ヨハネの手紙 第一 3章16節
救われた調布BBCの宣教カンファレンスで私は「伝道者の90%は自分の国で働くが、世界の90%の国々は伝道者が足らず宣教師を必要としている」と知り衝撃を受けました。神学校入学前にフィリピンのジェサルバ師から海外宣教のチャレンジをいただきましたが、結婚が決まらなかったため、31年前独身で豊橋ひかりBBCに着任しました。(冒頭の聖句が召しのみことばです。)
前任牧師がペルーに派遣されるためでした。着任と同時に結婚は決まりましたが、主は京都BBCにおいて妻にも海外宣教の重荷を与えていました。救われる前から10年に及ぶ単身生活で、主は私の家事を訓練しました。
教会を存続させるために
翌年、宣教師を派遣した直後から教会の中心メンバーは移動し、自給不能となりました。当欄に「宣教のために強い自立教会を建て上げることが急務」とあり、強く同意します。すすき間風が吹き込む借家会堂でしたが、主は三人の子らを与えられ、彼らに楽しませ励ましてもらいました。当時は教会を存続させるために家族が生き残ることを優先しており、彼らに自炊を教え会堂清掃も手伝ってもらいました。私のバイトは交通誘導、のちに塾講師に転じ、次に妻が看護師として今も働いていま。自給できなくなった独立教会の窮状を訴えると、国内宣教委員会は種々のご支援をくださり、これがなければ続かなかったでしょう。妻はうつ病の診断を受け通院しますが、仕事を休んだのは2回、2年強でした。
英語のメッセージの必要
19年前、研修生として来豊されたフィリピンのBBF教会員が集われ、英語のメッセージが必要となり、毎聖日用意しました。長時間かかり頭は疲れ、宣教師の方々のご苦労が少しわかります。今日まで毎聖日説教準備は続き、主は私の英語力を訓練しました。やがて近隣に住む日系フィリピン人親族が大勢来会され、旧会堂は一杯になり会堂の必要が意識されました。その時まで身近にフィリピン人が住んでいることも知りませんでした。メソジスト教会員である彼らの信仰は世俗的で、バプテストの信仰を強調しましたが、一致はありませんでした。神道系の手かざし宗教団体が使っていた中古物件を見つけ、よい物があると驚きました。
会堂取得の道
14年前、末期がんで入院中の妻の父を見舞うため、私は父を連れ大雪の中を走行中、父は「不動産を買うなら援助する」と言います。帰りはギア一速固定、ブレーキ厳禁、道端の動けなくなった車をかわしながら恐い運転でした。
その前週、10年ぶりに件の物件を見たばかり。2階に40畳の礼拝堂を持つ特殊物件のため、売れなかったようです。東日本大震災が起き、私は網膜剝離で入院中、妻は一人で不動産会社と信用金庫の融資のため奔走しました。受難週に妻の父は召天し、改修工事後、夏の引越しは若いフィリピン人たちに助けられました。会堂を持てるとしたらこれしかないという道を、信仰の異なる異国人を用いて、主は開かれました。
教会経済の支え
数年前、妻は車で5分の格安(事故物件)の一軒家を見つけ、一番に内覧でき、その場で購入を決めました。私にとっては煩わしい二重生活でしたが、妻には必要な場所でした。3年前には駐車場だった隣地が売りに出され、放蕩息子の方法で父の資産が用いられ買うことができた。父は独居できなくなり11年前から同居、受浸、グループホーム入居、大腿骨骨折で入院、誤嚥性肺炎で飲食を静脈栄養に切り替え、最期の時です。主は父を認知症とともに用いて教会を経済的に支えられました。
フィリピンから日本宣教へ
5年前、コロナ禍とともに日系フィリピン人親族は全員が離れ、バプテストの一人だけが残りました。信仰の一致がなかった日本人も離れました。英語のメッセージは不要になりかけましたがやめる気になれず、欠席が多い兄に録音を送り続けました。3年前、妻はフィリピンからFBメッセージで、日本宣教を志すミンケ師を見つけました。彼らはBBFではないですが、信仰箇条20項はすべて同じでした(一人残った兄も同様)。フィリピンのバプテスト教会の多くは、すべて米国起源でJBBFと同じ立場のようです。
ミンケ師はデピュテーションが短くサポートは少額でしたが、当教会の空室を提供することができ、フィリピンから一番乗りとなりました。領事館の職員は「あなたは宗教ビザで最初に日本に渡るフィリピン人だ」と言いました。ミンケ師から同じく日本宣教を志すエバスコ師、タギアン師を紹介され、関東地区で働きたい彼らに千葉県のJBBF諸教会を紹介し、いずれも昨年、短期滞在と宣教師としての入国を果たされました。あと一人も準備中です。ミンケ師を除く3組の宣教師たちは、日本のバプテスト教会についてほとんど何の情報も交わりもない中で、1~2年前からすでにデピュテーションを始めておられ、大変驚きました。主はフィリピンから日本へ宣教の門を開いてくださいました。
世界宣教のための訓練
日本を目指すフィリピン人は日本を、清潔で秩序があり成熟したアジアの文化先進国と見ています。それで来日すると、まったく英語が通じないことに驚きあわてます。受入教会は英語を使って日本語を教えることになりますが、塾で教えた経験は用いられます。主は世界宣教のため必要な訓練を与えておられました。Ⅰテモテ 4:4「 神が造られたものはすべて良いもので、感謝して受けるとき、捨てるべきものは何もありません。」
主のお言葉を信頼して
「強い自立教会を建て上げる」目標は未達成です。主のお言葉に対する信頼と献身が足りないからでは、と思わされています。無意識に自分の力を頼んで来たのかもしれません。主に依り頼まないから、目標を低く設定してしまいます。悔い改めて、お言葉を信頼し歩みを続けます。
主が開かれたバリ島宣教
インドネシア宣教師 田村 成幸 明子

「見よ。わたしは、だれも閉じることができない門を、あなたの前に開いておいた。」黙示録3章8節
「主に栄光を帰せよ。島々にその栄誉を告げ知らせよ。」イザヤ書42章12節
バリに導かれた経緯
2024年7月にそれまでのスラバヤ宣教を終えてバリに転居しました。バリに導かれた経緯は、スラバヤから飛行機で1時間、車ではフェリーを使って10数時間で行ける距離である事と、イスラム教徒が大多数を占めるインドネシアで唯一ヒンズー教が9割を占める地域である事から、次の開拓伝道候補地として祈っていました。
2億7千万人の人口を持つインドネシアは、その殆どがイスラム教徒で信徒数は世界一になります。イスラム教徒は、偶像礼拝をしませんが、人口300万人のバリで9割を占めるヒンズー教は偶像礼拝の信仰で、バリは、偶像に満ちた島になります。又、これまでの伝道の流れとしてスマトラから始まり、ジャカルタ、スラバヤと東へ導かれている事もバリを候補地とした理由です。(バリは、スラバヤの東に位置します。)
実際にバリに来てみると偶像の規模が半端ない事を実感しました。毎日の様に各地のヒンズー寺院で礼拝があり、日常生活の至る所にお供え物が置いてあり、家屋に至ってもほぼ全てに 礼拝所があります。ある祭りでは、バナナの葉で「龍」を模った装飾を道の両側に延々と並べ立てますがその様子は、まさに「サタン通り」と言えます。
借家を探す過程でも、条件が良い家と思っても屋根の上に偶像があり且つ礼拝所もあって、家主が毎日礼拝に来ると言った物件もありました。又、「空の椅子」が置いてあり何の為なのかと思ったら、ヒンズーの神が座る場所だそうです。至る所に「サタンの王座」も存在します。現在の私達の会堂兼住まいは、イスラム教徒が家主なので偶像も礼拝所も空の椅子もありませんので教会活動に適している物件が導かれました。

礼拝、開拓伝道開始
バリに転居後、暫くは同フェロシップの教会の礼拝に集いながら開拓伝道の可能性を探って行くと思っていましたが、直ぐに礼拝開始に至り開拓伝道が始まりました。神様のお働きと諸教会 の皆様のお祈りとご支援に感謝致します。ケサワン教会で奉仕をしているサラギ師の三男が 学業の為にバリに居る事が分かり、同時に同じくケサワン教会に集っていたアレックス兄の親族 もバリで教会を探している事を知り、転居後1ヶ月も経ない中で、この2人の青年を中心に開拓の働きが始まりました。この事からも神様が私達をバリ宣教に導いて下さった事が分かりました。 新たな試みとして日本語を教える事も始めました。週3~4回、大人クラス、中高生クラス、子供クラスを設けて日本語を教え、毎週土曜日には聖書子供会も開始しました。各働きから教会に繋がる方が起こされる様に祈っています。
その後、新来者も次々に与えられ、先のクリスマス集会では、24日に新来者13名、合計20名。 25日には新来者2名、合計13名の方が来られました。上記の青年2名とクリスマスに来られた 一家族(6名)は、続けて毎聖日に礼拝に集っておられます。まだまだ始まったばかりの伝道です ので、続けて神様の恵みと祝福、憐みが与えられます様にお祈りとご支援を頂けましたら幸いで す。又、インドネシア人の同労者が与えられる様にお祈り頂ければ感謝です。
2024年トグサ合同宣教集会の祝福
海外宣教委員長 佐藤 一彦

過去数年間の新型コロナウィルス感染症の影響は、全世界的に甚大な影響を与えました。そして、その影響は教会の礼拝や伝道活動にも直撃し、規模縮小、自粛、延期、中止などを余儀なくされてきました。本来なら大胆に主の業を成したいと願っても、なかなかそれが実現できませんでしたが、去年頃から社会が通常に戻りつつなり始めたので、私たち海外宣教委員会も世界宣教へのチャレンジを諸教会に呼び掛けるために合同宣教集会を計画しました。今回はトグサ地域(栃木、群馬、埼玉)にお声を掛けさせていただきました。この地域では毎年合同宣教集会や合同婦人宣教集会を太田教会が中心となって持っていましたが、コロナ期以降中止となっていましたので、今回久しぶりに再開することができました。
そして、2024年トグサ合同宣教集会を10/24に熊谷バイブルバプテスト教会を会場として、海外宣教委員会が主催となり準備を進めていきました。神様からの宣教のチャレンジをどのように最善な形にしていくかを祈りつつ計画していきました。その中で、日本に戦後たくさんの宣教師の先生たちがやって来て、祈りと犠牲によって各地に教会が建設され、魂が救われることでJBBFの群れが広がっていった歴史が決して過去だけのものではなく、現在も実は日本は海外から祈られながら、未だに多くの宣教師の先生たちが日本に遣わされている現状を知り「受けるよりも与えるほうが幸いである」(使徒 20:35)と言われたイエス様のお言葉を今一度私たちの心にしっかりと覚えながら、更に積極的に宣教のために与えていくチャレンジを受けたいと考えました。











そこで、日本の諸教会、そして海外から最近日本に来てくださっている宣教師の先生達、更にこれから遣わされるために準備をいている神学生達のすべてを巻き込む形での合同宣教集会ができないかと示されました。ちょうど同じ時期に神学校の伝道実習が熊谷教会で行われるということで、神学生達には遠方におられる宣教師の先生達にインタビューをして当日発表していただく奉仕を設けることが出来ました。そして、近隣の宣教師の先生達には合同宣教集会に参加してもらい、直接宣教のビジョンを分かち合っていただくことにしました。また、メッセンジャーとして秋川バプテスト教会のカーター・スティーブ先生を通して「主の栄光を目指した宣教」というテーマで語っていただくことになりました。スティーブ先生のお父様は埼玉県のバプテスト教会をスタートさせた宣教師で、先生ご自身も日本で育ちました。そして、現在は東京都あきるの市にある教会を牧会しておられる宣教スピリットに情熱を持った先生であることを当日そこに参加した誰しもが感じたことでしょう!
そして、当日参加してくださった宣教師の先生達(御夫妻での参加も多数有り)は次の通りでした。マーク・エバスコ師 (稲毛BBC)、ビエイラ・ラファエル師 (めぐみBT)、ビセンテ・メヒア師 (野木BBC)、ロバート・マーティン師 (金沢BBC)、クリス・シュレル師 (太田BBC)。そして、参加は出来ませんでしたが、神学生達によって紹介していただいた宣教師たちは次の通りです。クリストファー・ウォルターズ師(すずらんBBC)、ランディ・ブラウン師(掛川BBC)、エルウィン・ミンケ師 (豊橋ひかりBBC)、ヨナタン・バーゲット師 (アガペBBC)、フェルディ・ダギアン師(仁戸名BBC)と会場に世界宣教が凝縮したような合同宣教集会となりました。この合同宣教集会実現のために熊谷教会はじめ、神学校、諸教会、そして宣教委員会が共に協力し主にあって、本当に素晴らしい合同宣教集会となりました。

熊谷バイブル・バプテスト教会牧師 後藤 守
2024年10月14日(月)に栃木・群馬・埼玉地区の合同宣教集会が行われました。企画・運営等、主催は海外宣教委員会、熊谷教会は会場提供としてご奉仕させていただきました。集会には北関東の諸教会の先生方、兄姉の他、6人の宣教師の先生方とそのご家族、吉田正治宣教師、仁戸名教会の皆さんも集われました。
最初に、海外宣教委員会・プロモート担当のジェームズ・スミス先生から、この宣教大会についてお話を聞いたのは、2024年2月の初めでした。その最初の時から、「コロナ禍前後に来日され、その後、なかなかお交わりの機会を得られなかった宣教師の先生達に集まっていただき、共に祈る」という今回の宣教大会の枠組みについて話し合っていました。また、今回は、日本バプテスト聖書神学校の神学生の兄姉も、伝道実習の一環として参加して下さる事になりました。当日、来られない宣教師の先生達と事前に連絡を取り、資料を作成し、当日紹介して下さいました。
当日は、「主の栄光を目指した宣教」と言うテーマで、秋川バプテスト教会のカーター・スティーブ先生が聖書の御言葉を、力強く、また喜びに溢れて解き明かして下さいました。メッセージの働きを担って下さった先生に感謝申し上げます。
海外宣教委員会の先生方の御働き、集会に来て下さった宣教師の先生達の証、共に集う事が適わなかった宣教師の先生達が寄せて下さった宣教のヴィジョンや祈りの課題、これから主の働きに遣わされようとしている神学生の御奉仕を通して、今も尚、日本人の救いを諦めていない神様が御業を続けていることを改めて覚える集会となりました。
感謝と祈祷
インドネシア派遣宣教師 広瀬 憲夫

近況報告
2024年11月23日ダニエル・マナル兄・井垣真実姉結婚式が祝福のうちに行われた。日本からのご家族・友人12名がHOTなインドネシア式結婚式・披露宴を体験。
2024年クリスマスシーズンには、コロナ前と同じようなさまざまな集会がようやく行われるようになった。スタバッ子ども会は、近年の放課後の塾の拡大影響もあり参加者が減ってきていたが、クリスマス集会では父兄を含め40人ほどの賑やかな集いとなり、シトメアン牧師のお話にも熱が入った。
スタバッ伝道所のビンジェイ教会からの独立に向けての話し合いは継続中。今まで一緒に活動していた環境が変わることへの不安が根底にありそう。土地・建造物の所有権問題も不安材料になっている可能性もあり、今後の海外宣教のありかたを考える上でも祈りの課題。
体調不良:2024年11月頃から、左胸、左腕、左足の痛み、痺れっぽい違和感、特に集会翌日の疲れが残っている時に強く感じられる。1月7日急遽一時帰国し循環器専門医ほかで検査中。
1月14日からメダンから1800キロほどのジャワ島ソロ市近郊でのインドネシア全国フェローシップキャンプに参加予定をキャンセル。メダン地域からはシトメアン牧師夫妻、クリスティン・マナル姉、シレガル牧師夫妻が参加。
祈祷課題
①2月10日からシンガポール教会から、中国語レッスンと特別伝道集会のミッショントリップがメダン市、ビンジェイ市、スタバッ町で行われる。広瀬不在中に行うのは今回が初めて
②6月ダニエル・マナル兄の神学校卒業予定。2つの高校で教師アルバイトをしながらの学びと教会奉仕、卒業論文作成などが実を結ぶように
③スタバッ伝道所の独立と、その後の宣教師の働きへの導き
台湾・東アジア 鈴木 しのぶ

近況報告
2024年8月から、台湾人の女性伝道者の先生が行っている高齢者施設訪問に私も参加しています。ある施設では、長期の入居者の方7~9人が出席しています。お一人を除いて皆さん車椅子を利用しています。中には、薬の副作用で眠ってしまう方もいますが、大きな声でお名前を呼んで挨拶をすると、目を覚ましてくださいます。賛美を聞き、聖書のお話を聞き、手や腕を使った体操やレクをします。お一人を除いて皆さんが台湾語話者なので、私が聖書のお話をするときは、台湾語に通訳していただいています。こちらの施設には訪問者が少ないそうです。入居者の方々にイエス様をご紹介し、訪問が少しでも皆さんの励ましになるようにと祈っています。この他に、郊外にある車で一時間程の所にある客家地域の活動センターへの訪問も始めました。お一人が台湾語話者、他の10人程の方々の言語は客家語と中国語です。福音に抵抗感があり、年末で訪問終了かという話もありましたが、新年も継続できるようになりました。1~2月は、台湾人女性伝道者が海外にいるため、私一人で訪問します。交通手段もまだ分かりませんが、とにかくお伺いして、皆さんにイエス様をご紹介したいです。

祈祷課題
①台湾や東アジアに住む人々の救いのため
②第二期の具体的な働きに導きがあるように
③主にあって共に喜び愛し合い奉仕する兄弟姉妹が与えられるように
④私の生活とことばが主にあって常に証となるように
ハワイ宣教師 上久保 崇

近況報告
11月には、アメリカから日本への宣教師として派遣される準備中の岡戸ご夫妻をお招きしての宣教集会とサンクスギビング礼拝が行われました。宣教集会ではご夫妻の証しを通して教会が宣教のチャレンジをいただきました。翌日の礼拝には再来会者も参加をされて福音を聞く機会となりました。今年から先生方へのサポート開始を祈っています。
今年は、教会に「イエス様に在って」というテーマをいただきました。一人一人がイエス様に在って救われていることや信仰生活が導かれていることの感謝を思い、教会としてイエス様に在って一つであることを御言葉から教えていただくことを祈っています。
祈りの課題
2025年は、ハワイ宣教と教会の25周年を迎えます。皆様のご祷援によってハワイ宣教が続いていることを感謝しています。私たちの霊性や健康の守りと教会がさらに成長拡大をしていくことを祈っています。また、それぞれの場所にいる家族に最善の導きが続けてあるように祈っています。
香港/東アジア派遣宣教師 吉田 正治

近況報告
8月:青少年宣教キャンプ主催のため日本に戻る。
9月:検査にて、ごく初期の胃がんが見つかる。
10月:一時的に香港に帰り、二か月ぶりにコーナーストーンで礼拝。十日間だけで、検査のため日本に帰る。
11月:胃の内視鏡手術を受ける。順調に回復し、2週間弱で退院。感謝!
12月:4日に香港に帰り、15日クリスマス子供会、22日クリスマス礼拝を行う。
2025年1月:1日元旦礼拝。10年以上頑なに主を拒んでいた日本人のOさんが66歳になり、末期癌が見つかり、祈りが積まれて、癌が進行せず、仕事も続けていたが、この日、香港人の奥様(クリスチャン)と来られ、イエス様を信じる決心をする。他にもう一人フィリピン人の女性も決心される。
2025年も主の祝福のうちに始まり、感謝讃美神‼︎

祈りの課題
①元旦礼拝で救われた日本人O兄と、フィリピン人クリス姉の成長。
②淳子師の乾癬性関節炎の癒しのため
③5月青年フェローシップキャンプメッセージの準備
インドネシア派遣宣教師 田村 成幸

近況報告
日のクリスマス集会では多くの新来者があり祝福を頂きました。24日には13名の新来者があり20名。25日は、2名の新来者があり13名の出席でした。 また昨年8月の開拓伝道開始から今月まで、45名の新来者がありました。勿論その時だけの方もありますが今後、魂が繋がって教会として導かれる様にお祈り下さい。
祈りの課題
①インドネシア宣教の祝福
②バリ開拓伝道の祝福
③ジャカルタ、スラバヤの教会の祝福
④田村の親兄弟、親族の救い
⑤田村家族の守りと祝福
魂の救いの為に一緒に働こう!
海外宣教委員 ジェームズ・スミス
台湾に戻る
高橋正賀兄と私は若葉教会の宣教師、鈴木しのぶ先生に会って励ますため、2024年10月に台湾を再訪しました。2024年の初めに10月3日から9日までの訪問を計画。そこで何をするのか、しのぶ先生と相談し、彼女の奉仕教会のカラーズ牧師に伝えました。メールやインターネット電話で打ち合わせし、準備は整いました。しかしそうは事が運びませんでした。私たちの出発する週の初めに巨大な台風が発生し、出発予定の木曜日の朝に、飛行機が欠航になったのです。私は箴言16章9節にある大切な御言葉「人は心に自分の道を思い巡らす。しかし、その人の歩みを確かなものにするのは主である。」を思い出しました。宣教師は母国でファーローをするにも、宣教旅行をするにも、その他のことでも、仕える教会における様々な計画を立てることが頻繁にあります。しかしそこで学ぶことは、計画通りには進まないということです。とはいっても、終わりではありません。ただ続けて前進し、主に従うのです。私は高橋兄に、どうするべきか尋ねました。すると、可能であれば次の日に出発しようと言うことでした。そこで私は欠航した飛行機をキャンセルし、金曜日に出発する飛行機を改めて探しました。主が時を備えてくださったおかげで、私たちは台風の危険を免れたばかりか、金曜日の飛行機に搭乗し、台湾で宣教師と会うことが出来ました。

主の働き
今回、私は山頂バプテスト教会で説教する特別な恵みに与りました。宣教月間に毎週宣教師が招かれ、証や説教をします。私は証の後に、使徒17章23~28節から日曜礼拝の説教をしました。説教箇所からの要点のひとつは、説教者や福音を伝える人が来て語る前に、神様は福音が語られる備えをされる、ということでした。神様がその朝にされたことは、正にそのことでした。というのは、他の宣教師がその日曜礼拝に台湾人の友人を招いていたのです。礼拝後、しのぶ先生と私はユーティンさんという方を紹介されました。この方の心に少しでも説教が響いていればと望みました。私の説教は主にクリスチャンに対して語りましたが、福音も含まれていました。私たちは短く言葉を交わした後、別れました。数か月後に私は鈴木先生から連絡を受け、ある台湾人女性がクリスマス集会の後に救われたこと、その方はあの日に言葉を交わしたユーティンさんでした。更に主は、しのぶ先生を用いてこの方を救いに導かれました。しのぶ先生はこれを自慢したのではなく、この方の友だちであるマハーフィ宣教師夫人、台湾人の姉妹、高橋兄、私、そしてしのぶ先生の皆がこの方の救いに関わり、何よりも主ご自身の働きだと証しました。主がユーティンさんの心の中で既に働いておられたのです。しかもこの時、しのぶ先生は集会後の疲れで、帰宅しようと既にバッグを肩からさげていたというのです。私は、神様は疲れている人を用いるのがお好きだと思います。というのは、私たち自身がどなたかを救ったのだと思い上がらないため、また主ご自身だけが栄光をお受けになるためです。ともかく、集会の後にユーティンさんは、数か月前の宣教集会で高橋兄、私、しのぶ先生でささげた特別賛美について触れ、歌声で心がいやされたと伝えました。しのぶ先生は、ユーティンさんをいやし、助け、救うのは主であると伝えました。しのぶ先生の片言の中国語であっても、ユーティンさんが救いに必要なことを理解していることを確認し、イエス様を救い主として信じるよう彼女を励まし祈りを導きました。主の御名を褒め称えます!私に示された御言葉は、第一コリント3章6節「私が植えて、アポロが水を注ぎました。しかし、成長させたのは神です。」。神様の時は完全です。主のしもべは、どんなに疲れていても、イエス・キリスト様を通して与えられる救いの恵みを分かち合う備えができていなければなりません。

感謝
この旅では、山頂バプテスト教会で説教をし、兄弟姉妹方と主を褒めたたえたことに加え、台湾に遣わされている他の宣教師との交わりもいただきました。私たちは台中に行き、岡崎宣教師ご夫妻と教会員の方にお会いしました。先生方は私たちを丸一日もてなしてくださり、地域を案内してくださいました。また、高橋兄と私は、私たちの宣教師、鈴木しのぶ先生と時間を共にすることができました。私たちはしのぶ先生を励ますために行きましたが、例によって私たちが励まされて帰ってきました。共に主に仕え、すばらしい福音の知らせを人々に伝えることは、私たちに与えられた特別な恵みです。
編集後記
今回は、新しい開拓宣教地が開かれたという、ご報告がありました。また、一旦は閉ざされはすれど、再び開かれた時が好機だった。時間がかかると思っていたのに、すでに備えられていた。予想していなかったところから、信仰告白の声が上がる。そして、新しい取り組みや課題への挑戦等、宣教地からのご報告に、励ましとチャレンジを頂きました。
行けば開かれ、探すと見つかり、語ると伝わる。このような主の導きと御業を見れば、福音の働きは、言うなれば押す姿勢であることを思わされます。教会を守るにしても、信仰を守るにしても、押しの信仰姿勢があってこそ守れるものなのではないでしょうか。確かに主の御言葉も、行って、弟子とし、バプテスマを授け、教えるという、守備ではなく押しの姿勢です。教会員一人ひとりが教会形成の当事者であると同時に、福音宣教の当事者です。彼らがそのような積極的な信仰を現わせるよう、牧会者の一人として、さまざまな挑戦と工夫を凝らしたいと思います。